創業80年のワイン専門店・ワインハウス新美 │ リーズナブルなデイリーワインから特別な日のワインまで 静岡県浜松市

 
 
 
ワインハウス新美店主・新美 智久が語るワインコラム「真実はワインの中に」です。

CONTENTS

>第一話 : この業界に入ったきっかけ 序章

>第二話 : 人生を変えた一言

>第三話 : ワインを売ろうと決めた訳

>第四話 : 真実はワインの中に

>第五話 : ドイツワインの巨匠・古賀守

>第六話 : フランスワインの奥深さ

第一話:この業界に入ったきっかけ 序章
 

もう35年以上も前の話です。

昔はビールやウィスキーを売る普通の酒屋でした。大学を卒業して普通 のサラリーマン生活をしていたところに、親父の後を継ぐことになって家に帰ることになったのです。あの時の事は今でも鮮明に覚えています。

ある時、一風変わったお客さんが来店しました。店の入口付近の棚に陳列されていた、ポケット瓶の「トリスウィスキー」を精算前に飲み干して、ふらふらと歩いて山手町の道を帰っていくのです。それが日に2回続くこともあり、そんな日々が2〜3年続きました。私もその頃は商品が売れるのをただ嬉しく思っていました。

ところがある日を境に、ピタッとそのお客さんが来なくなってしまったのです。それまで毎日のように来店してくれていたお客さんですから、とても心配しました。ある時、突然その方の奥さんと名乗る一人の女性が来店し、「主人が肝硬変で死んだ」と言うのです。私にとって、とても衝撃的な知らせでした。「自分の責任で客を殺してしまったのではないか?」とまで考え、もうこんなものは売れないと思いました。確かに、その時私が売っていなければお客さんは他の店で買ったかもしれませんが、自分のしたことに対して、大きな罪悪感のようなものが残り、酒を売ることに対する自分の姿勢やお客さんに対する責任を痛感させられた、そんな出来事でした。

同時に、これからの自分について考える大きなきっかけとなったのです。


第二話:人生を変えた一言
 

大学を卒業後、企業に就職し、営業マンとして大阪、東京、札幌と飛び回っていたある日、親父から一通の手紙が送られてきました。長男が店の後を継いでいたのですが、3年程したら家を出てしまったのです。手紙の最後にこんな一文が書かれていました。

「“鶏口となれども牛後と成るなかれ”」

‘ハッ’と考えさせられました。確かに営業マンとして良い成績を挙げていたとしても、大きな牛の一番後ろについている単なる尻尾でしかなかったのです。たとえ個人商店のような小さな店でもそのトップになれという言葉でした。その言葉にのせられて、この浜松に帰ってきたのです。まさに人生を変えた、そんな一言でした。

今思えば、親父がどうしても私に帰ってきて欲しかっただけなのかも知れませんが…。


第三話:ワインを売ろうと決めた訳
 

35年も前の話ですが、大学の後輩がスーパーマーケットを経営しはじめました。その後、結婚してアメリカへ新婚旅行に出かけたということで、帰ってきてからアメリカの写真を見せてもらいました。もちろん本場のスーパーマーケットの写真です。驚くことにスーパーの最前列にずらりと並べられていたのは、そう、ワインだったのです。

当時のアメリカは白革命(ホワイトレボリューション)と言って、ウォッカやジンを使ったカクテルが大変なブームでした。

ちょうど同じ頃の日本はと言いますと、焼酎が全国的な人気を集めていた時期でした。それまで、アメリカナイズされた日本。つまり、アメリカの流行が10年遅れくらいで日本に伝わって来ていましたから、ワインがこの先日本でも売れていくのではないかと目をつけたのがきっかけでした。

その後、ワインを勉強しようと思い、甲府に何度も足を運びました。

アルコール度数が10度前後で、ウイスキーよりも低く、健康にも良いため、お客さんと長くつきあっていく上でこれ以上にないお酒であること。しかも、ナチュラルで、白も赤もロゼも、発泡するものも甘い辛いもありバリエーションが豊富であること等…、いろいろと勉強して「これは面白い!」という結論にいたったのです。

「よし、日本のワインばかり店に並べよう! 」そう決意しました。


第四話:真実はワインの中に
 

ある時、常連のお客さんに、「ワインはドイツ、フランスが美味しい」と言われたことをきっかけに、早速フランス、ドイツに旅行に出かけました。…もう30年も前の話です。

キッコーマン・マンズワイン企画のツアーに便乗して、まずはドイツに向かいました。そこで初めて出会ったのが、このコラムの主題でもある「“In wine there’s truth”(真実はワインの中に)」という言葉でした。今でも地下のワインセラーの入り口に飾ってあるこの彫刻に刻まれた言葉は、「本物のワインを売ろう」と決意したきっかけとなりました。

ドイツワインをガンガン飲んで、日本のワインとのレベルの違いを見せつけられました。質や味もそうですが、何より安価であることに驚きました。「店の日本ワインは全部問屋に返して、これを売ろう!」そう思いました。というのは、日本人は日本酒に慣れているので、それに近いドイツワインなら日本人に合うに違いないと考えたのです。

続いてフランスに渡り、そこにはドイツ以上のワインの奥深さがあることに気付かされました。それ以来勉強に勉強を重ね、どんなに高いワインでも全部自分自信で試しました。

造り手とよく話し、その人がどんな人なのか知りました。銘柄や値段だけではなく、ハートのある素晴らしい造り手が造ったワインは本当に美味しいことも分かりました。決してワインは“名前”を飲んではいけません。どんなに安いワインでも、無名のワインでも造り手の思いのこもったワインは本当に美味しい。地球環境を汚さないワインは本当に旨いんです。

ですから、そんなワインの真実をお客さんに伝え、「美味しい!」と言ってもらえることが私自信の使命だと思っています。


第五話:ドイツワインの巨匠・古賀守
 

ドイツワインの巨匠・古賀守氏は、私がドイツワインの“真実”を学ぶきっかけを与えてくれた人でした。30年以上前の事、「ワインを扱うなら、一度会ってみたほうが良い」という知り合いの勧めで、東京までセミナーに参加するために何度も足を運びました。逆に先生を浜松にお呼びし、セミナーを開いたこともありました。

ドイツワインが「日本酒に近い甘みと香りを持つ」ということから、日本人が抵抗なくワインを楽しむための“導入のワイン”としてこれ以上のものは無いことを教えられ、私自身もドイツワインをきっかけに、フランス、イタリア、チリ、ルーマニア等、コストパフォーマンスに富んだ各国のワインと出会うことができました。

ドイツに実際に渡り、様々なワインを飲み歩きました。その時に出会った忘れられないワインを紹介します。

一つはモーゼル地方のザール地区、ここにドイツを代表する醸造所“エゴン・ミュラー家”があります。ここの主人ミュラー氏に歓迎されて飲んだ「シャルホーフ・ベルガー」というワインは最高の味だったことを今でも覚えています。

もう一つはラインガウ地方の“クロスター・エーバー・バッハ”と呼ばれる国立ワイン醸造所のワイン。元修道院のこの醸造所が持つ、ドイツ最大の規模を誇る約32haの自家葡萄園には、ただ「すごい!」の一言でした。

ドイツワインの良さは、そのナチュラルな甘さです。最近では辛口ワインも多く造られていますが主流はデザートワインです。その自然な甘味をいかに残すか、それがドイツワインの真髄と考えます。

●古賀守プロフィール

1914年(大正3年)長崎県佐世保市の醸造家に生まれ、家業を継ぐため、東京農業大学農芸化学科に学び、卒業後1936年~1945年まで、ドイツのハイデルベルク、ローストック、ライプチッヒ各大学の哲学部で化学を専攻。終戦をドイツで迎えた数少ない日本人の一人でもあり、その後帰国し日本のドイツワインの権威者として数々の著書を持つ。


第六話:フランスワインの奥深さ
 

ワイン専門店として、ドイツの甘口白ワインだけでは物足りず、赤ワインやシャンパンも知りたいと思い一路フランスへ。そこに広がるワインのすごさ、歴史の重さ、奥深さに感動しました。アルザス、ブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュ等、何度も何度も足を運びました。今では店で取り扱っているワインの60%程がフランスワインです。

「土地の産物」にあったワインにまず驚かされました。ワインの産地で人々が食べるものに合わせてワインの個性が違います。例えば、アルザス地方のワインはその土地で有名な‘フォアグラ’にピッタリのワインになっているということです。食べるものも違えば、造られるワインも違うのです。それによって、地方のカラーが生まれ、フランスワインと一言にいっても様々な種類がうまれる訳です。しかも、どのワイナリーに行っても「ウチが一番!」と言うわけですからまさに「個性」なのです。

ドイツワインにも感動させられましたが、また違うフランスの奥深さに驚かされました。同じブドウの品種を使っているのに、ライン川を隔てただけのこの国には、他の国には真似のできない独特の「個性」があることに気付かされたのでした。



 
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